大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

山の際に渡る秋沙の・・・巻第7-1122~1124

訓読 >>>

1122
山の際(ま)に渡る秋沙(あきさ)の行きて居(ゐ)むその川の瀬に波立つなゆめ

1123
佐保川(さほがは)の清き川原に鳴く千鳥(ちどり)かはづと二つ忘れかねつも

1124
佐保川に騒(さは)ける千鳥さ夜(よ)更けて汝(な)が声聞けば寝(い)ねかてなくに

 

要旨 >>>

〈1122〉山あいを鳴き渡る秋沙鴨が飛んで行って降り立つのだろう。その川瀬に波よ立つな、決して。

〈1123〉佐保川の清らかな川原に鳴く千鳥、そしてカジカガエルの鳴く声は、どちらも忘れられない。

〈1124〉佐保川で小走りに鳴き騒いでいる千鳥よ、夜も更けてきてお前が妻を呼んで鳴く声を聞いたら、寝ようにも寝られない。

 

鑑賞 >>>

 「鳥を詠む」歌。1122の「山の際」は、山と山の間、山あい。「秋沙」は、鴨の一種のミコアイサで、秋に来て春に去る渡り鳥。「波立つなゆめ」の「ゆめ」は、決して、の意の副詞。「立つな」へかかる倒置法。1123の「佐保川」は、春日山に発し奈良市北部を西へ流れ、やがて南流し大和川へ注ぐ川。「千鳥」は、水辺に棲むチドリ科の鳥。「かはづ」は、カジカガエル。「忘れかねつも」の「かぬ」は、できない意の補助動詞。「つ」は、完了の助動詞。「も」は、詠嘆の助詞。

 1124の「騒ける千鳥」は、原文では「小驟千鳥」となっており、「小驟」の訓みが定まらず、上掲の訓みの他、「をさどる」「さばしる」などとも訓まれます。小走りに鳴き騒ぐ、または飛び跳ねる意。「寝ねかてなくに」は、眠ることができない。「かて」は、補助動詞「かつ」の連用形で、~することができる、の意。「なく」は、打消の助動詞「ぬ」のク語法。「に」は、詠嘆。

 なお、佐保川右岸から北方の佐保山にかけての一帯は、当時「佐保の内」ともいわれ、貴族顕官の住む高級住宅地であり、大伴氏の邸宅もここにありました。『万葉集』中に出る「佐保」の名は「佐保川」も延べて41を数えます。

 

※「山の端」と「山の際」の違い
 『万葉集』の意味の紛らわしい語に、「山の端(は)」と「山の際(ま)」というのがあります。「山の端」の原文表記は「山之末」で、山の頂を指し、山の稜線の意に用いられます。それに対し、「山の際」の原文表記は「山際」で、「際」というのは二つの物が接する所の意なので、山と山とが接する所を表します。そして、そこには空間ができているため、「山の間」と言われるのです。一方、今日言うところの「山際(やまぎは)」の語は、奈良時代にはありませんでした。

 

 

 

万葉集』に詠まれた鳥

1位 霍公鳥(ほととぎす) 153首
2位 雁(かり) 66首
3位 鶯(うぐいす) 51首
4位 鶴(つる:歌語としては「たづ」) 45首
5位 鴨(かも) 29首
6位 千鳥(ちどり) 22首
7位 鶏(にわとり)・庭つ鳥 16首
8位 鵜(う) 12首

『万葉集』掲載歌の索引