大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

遣新羅使人の歌(12)・・・巻第15-3605~3609

訓読 >>>

3605
わたつみの海に出(い)でたる飾磨川(しかまがは)絶えむ日にこそ我(あ)が恋やまめ

3606
玉藻(たまも)刈る処女(をとめ)を過ぎて夏草の野島(のしま)が崎に廬(いほ)りす我(わ)れは

3607
白たへの藤江(ふぢゑ)の浦に漁(いざ)りする海人(あま)とや見らむ旅行く我(わ)れを

3608
天離(あまざか)る鄙(ひな)の長道(ながち)を恋ひ来れば明石(あかし)の門(と)より家のあたり見ゆ

3609
武庫(むこ)の海の庭(には)よくあらし漁(いざ)りする海人(あま)の釣舟(つりぶね)波の上ゆ見ゆ

 

要旨 >>>

〈3605〉大海に流れ出るあの飾磨川の流れが、もし絶えることでもあれば、わが恋心も止むだろうが。

〈3606〉美しい藻を刈る乙女の名の浜を通り過ぎ、夏草が生い茂る野島の崎で仮の宿りをしている、私は。

〈3607〉藤江の浦で漁をする海人だと人は見ているだろうか。そうではなく、都を離れてはるばる船旅を続けている我らであるのに。

〈3608〉都から遠く離れた長旅を、ずっと恋しい思いで明石海峡までやってきたら、その先にふるさとの家のあたりが見える。

〈3609〉武庫の海の漁場は好天で波も穏やかであるらしい。釣りをしている海人の釣舟が波の彼方に浮かんで見える。

 

鑑賞 >>>

 題詞に「所にありて誦詠(しょうえい)する古歌」とある歌群のなかの5首。3605の「飾磨川」は、姫路市を流れる船場川。3606の「玉藻刈る」は「処女」の枕詞。「処女」は、芦屋市から神戸市東部にかけての、菟原処女(うないおとめ)の伝説がある地で、「処女塚」があります。この歌は柿本人麻呂の「玉藻刈る敏馬(みぬめ)を過ぎて夏草の野島の崎に舟近づきぬ」を変化させており、作者は人麻呂の歌に非常な敬意を抱いていたらしく、3607~3609も同様に人麻呂の歌を変化させています。当時の人たちが、どのような形で有名な古人の歌を愛誦してきたかが窺えるところです。

 3607の「白たへの」は「藤江」の枕詞。「藤江」は、明石市西部。3608、3609は、帰路の旅情を詠ったもので、帰心の思いを人麻呂歌に託しています。3608の「天離る」は「鄙」の枕詞。「鄙」は、都から遠い地方。「明石の門」は、明石海峡。3609の「武庫の海」は、尼崎市から西宮市にかけての海。