訓読 >>>
775
鶉(うづら)鳴く古(ふ)りにし郷(さと)ゆ思へどもなにそも妹(いも)に逢ふよしもなき
776
言出(ことで)しは誰(た)が言(こと)なるか小山田(をやまだ)の苗代水(なわしろみづ)の中淀(なかよど)にして
要旨 >>>
〈775〉古さびた奈良の里にいた頃からあなたに恋焦がれていたのに、なぜお逢いする機会がないのでしょう。
〈776〉先に言い寄ったのはどこのどなただったかしら。山あいの苗代の水が淀んでいるように、途中で途絶えてしまって。
鑑賞 >>>
775は、大伴家持が紀女郎に贈った歌、776が、それに答えた紀女郎の歌です。775は、奈良にいた紀女郎が家持のいる恭仁京へ移り住むことになった時に、家持が直接の関係を結ぼうとして贈ったもののようです。「鶉鳴く」は、鶉は人気のない荒れた野原に棲むので、その荒れたのを古くなったとして「古る」の枕詞としたもの。「郷ゆ」の「ゆ」は、~より、~から。「逢ひよし」は、逢う手立て。
776の「言出しは」は、言い出したのは。「小山田の苗代水の」は「中淀」を導く序詞。「中淀」は、水の流れが途中で淀むことで、妻問いが絶えることを譬えています。家持の訴えに対しては直接には触れず、奈良にあって妻問いして以来、忘れたかのような状態で過ごしてきたのを非難しています。このあたりから二人の仲は始まり、やがて深い関係に発展していったようです。