大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

み空行く月の光にただ一目・・・巻第4-710

訓読 >>>

み空行く月の光にただ一目(ひとめ)相(あひ)見し人の夢(いめ)にし見ゆる

 

要旨 >>>

月明かりの下でたったひと目見かけただけの人、そのお方の姿が夢に出てきます。

 

鑑賞 >>>

 作者の安都扉娘子(あとのとびらのをとめ)は伝未詳ながら、物部氏と同祖の安都氏出身の娘子とされます。「扉」は字(あざな)か。『万葉集』にはこの1首のみ。大伴家持を中心とした贈答歌群中にあるため、家持をとりまく女性の一人だったかもしれません。

 「み空」の「み」は美称。「相見し」は、ふつう男女の関係をもったことを言いますが、ここでは「ただ一目」とあるので、視線を交わした、あるいはちょっと逢った程度のこととみられます。「夢にし」の「し」は強意。思う相手のことを夢に見ると、相手も自分を思っている証拠だとする当時の俗信が下地にあります。

 作家の田辺聖子はこの歌を「恋のためいきのような、はかなくかそけき歌」と言い、また、窪田空穂は「調べに、静かではあるが強いものがあって、それが魅力をなしている」と評しています。