訓読 >>>
727
忘れ草 我(わ)が下紐(したひも)に付けたれど醜(しこ)の醜草(しこくさ)言(こと)にしありけり
728
人もなき国もあらぬか我妹子(わぎもこ)とたづさはり行きて副(たぐ)ひて居(を)らむ
要旨 >>>
〈727〉苦しみを忘れるために、忘れ草を着物の下紐につけていたけれど、役立たずのろくでなしの草だ、名ばかりであった。
〈728〉邪魔者のいない所はないものか。あなたと手を取り合って行き、二人一緒にいたいものだ。
鑑賞 >>>
大伴家持が、後に彼の正妻となる大伴坂上大嬢(おおとものさかのうえのおおいらつめ)に贈った歌。この歌は、二人が離絶してから数年後に再会して詠んだ歌とされます。離絶した理由ははっきりしませんが、当時の結婚には娘の母親が絶対の権力をもっていましたから、坂上郎女が関係していたか、あるいは、大嬢がまだ10歳ほどだったため、家持の心が動かず、そのまま時を経て(8年前後か)ここに再会し、よりを戻したということも考えられます。もっとも、その間、家持は別の女性を妾として迎え、子をなしたものの、その妾を亡くしています(巻第3-462ほか)。
727の「忘れ草」は、ユリ科の一種ヤブカンゾウにあたり、『和名抄』に「一名、忘憂」とあり、身につけると憂いを忘れるという俗信がありました。これは『文選』などにみられる中国伝来のもののようです。「あなたを忘れるために忘れ草をつけたけれど、効果がなく忘れられなかった」と言っています。「醜の」は、醜いものや不快なものを罵る意の語で、「醜の醜草」と、それを重ねることによって意味を強めています。「言にし」の「し」は強意。
728は、数年を隔てて再会できたというものの、その逢い方はさまざまな妨げがあって自由ではなかったのでしょう。他の女性に対した時のものに比べて、強い熱意を帯びている歌になっています。「国」は、ここでは狭い範囲に用いており、「所」にあたります。「副ひて居らむ」は、並んで一緒にいよう。