訓読 >>>
454
はしきやし栄(さか)えし君のいましせば昨日(きのう)も今日(きょう)も我(わ)を召さましを
455
かくのみにありけるものを萩(はぎ)の花咲きてありやと問ひし君はも
456
君に恋ひいたもすべなみ蘆鶴(あしたづ)の音(ね)のみし泣かゆ朝夕(あさよひ)にして
457
遠長(とほなが)く仕(つか)へむものと思へりし君しまさねば心どもなし
458
みどり子の這(は)ひた廻(もとほ)り朝夕(あさよひ)に音(ね)のみそ我(あ)が泣く君なしにして
要旨 >>>
〈454〉ああ、お慕わしい、あれほどに栄えたわが君がご健在でおられたら、昨日も今日も私をお呼びになったはずなのに。
〈455〉こんなにもはかなくなられるお命であったのに、「萩の花は咲いているか」とお尋ねになったあなた様でありました。
〈456〉わが君をお慕いしながら、葦辺に騒ぐ鶴のように、ただ泣くばかりで他になすすべがありません、朝も夕べも。
〈457〉いついつまでも末長くお仕えしようと思っておりました我が君が、この世においでにならないので、心の張りが抜けてしまいました。
〈458〉幼児のように這い回り、朝にも夕べにも、声をあげて泣くばかりいます。我が君がおいでにならなくて。
鑑賞 >>>
妻を亡くして帰京した大伴旅人は、甚だしく気落ちしてしまったのか、その翌年の天平3年(731年)秋7月に亡くなります。この歌は、その時に資人(従者)の余明軍(よのみょうぐん)が「犬馬の慕(したひ)に勝(あ)へずして(犬馬が飼い主を慕うように主人を慕う心中の思いに耐えきれず)」詠んだ歌とあります。余明軍は、その名から百済系の人物だと考えられていますが、伝不明です。
これらの歌には少しも儀礼的な歌い方はなく、ひたすら主人としての旅人を懐かしむ哀切の気持ちが率直に歌われています。とくに455は、明軍が重病の床にあった主人から尋ねられた言葉を思い出し、生死のほども測られない時に、秋の萩の花に関心をもって尋ねるというのはいかにも優しい心と思え、忘れ難い言葉であったろうと察せられるところです。
454の「はしきやし」は、ああ慕わしい、ああ愛しい、と哀惜や追慕の感情をあらわす語。「召さましを」の「まし」は、反実仮想。456の「いたもすべなみ」は、ひどくて仕方がないので。「蘆鶴の」は「音のみし泣かゆ」の枕詞。457の「心ど」は、気力。458の「みどり子」は、3歳くらいまでの赤子、幼児のことで、「這ひた廻り」の枕詞。「た廻り」の「た」は、語調を整える接頭語。「廻り」は、徘徊して、廻って。
『万葉集』に詠まれた植物
1位 萩 142首
2位 こうぞ・麻 138首
3位 梅 119首
4位 ひおうぎ 79首
5位 松 77首
6位 藻 74首
7位 橘 69首
8位 稲 57首
9位 すげ・すが 49首
9位 あし 49首