大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

妹も我れも心は同じ・・・巻第17-3978~3980

訓読 >>>

3978
妹(いも)も我(あ)れも 心は同(おや)じ 比(たぐ)へれど いやなつかしく 相(あひ)見れば 常初花(とこはつはな)に 心ぐし めぐしもなしに はしけやし 我()が奥妻(おくづま) 大君(おほきみ)の 命(みこと)恐(かしこ)み あしひきの 山越え野(ぬ)行き 天離(あまざか)る 鄙(ひな)治(をさ)めにと 別れ来(こ)し その日の極(きは)み あらたまの 年行き反(がへ)り 春花(はるはな)の うつろふまでに 相見ねば いたもすべなみ しきたへの 袖(そで)返しつつ 寝(ぬ)る夜(よ)落ちず 夢(いめ)には見れど 現(うつつ)にし 直(ただ)にあらねば うち行きて 妹(いも)が手枕(たまくら) さし交(か)へて 寝ても来(こ)ましを 玉桙(たまほこ)の 道はし遠く 関(せき)さへに 隔(へな)りてありこそ よしゑやし よしはあらむそ ほととぎす 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ 卯(う)の花の にほへる山を よそのみも 振り放(さ)け見つつ 近江道(あふみぢ)に い行き乗り立ち あをによし 奈良の我家(わぎへ)に ぬえ鳥(どり)の うら泣けしつつ 下恋(したごひ)に 思ひうらぶれ 門(かど)に立ち 夕占(ゆふけ)問ひつつ 我(あ)を待つと 寝(な)すらむ妹(いも)を 逢ひてはや見む

3979
あらたまの年(とし)返(かへ)るまで相(あひ)見ねば心もしのに思ほゆるかも

3980
ぬばたまの夢(いめ)にはもとな相(あひ)見れど直(ただ)にあらねば恋ひやまずけり

3981
あしひきの山き隔(へな)りて遠けども心し行けば夢(いめ)に見えけり

3982
春花(はるばな)のうつろふまでに相(あひ)見ねば月日(つきひ)数(よ)みつつ妹(いも)待つらむぞ

 

要旨 >>>

〈3978〉妻も私も、心は同じ。寄り添っていても、ますます心惹かれるし、顔を合わせれば、常初花のようにいつも初々しく、心の憂さや見る目の痛々しさもなくていられ、ああ愛しい、心の底から大切に思うわが妻よ。大君の仰せを恐れ謹んで、山を越え野を行き、遠く離れた田舎の地を治めるために別れてきて以来、年も改まり、春の花が咲き散る頃になっても顔を見ることができないので、どうにもやるせなくて、夜着の袖を返して寝ると夜ごとに夢に姿は見えるけれど、現実に逢うわけではないので、恋しさが幾重にも募るばかり。近ければ、馬で一走りして、手枕を差し交わして寝ても来られるものを、都への道は遠く、関所もあって隔てられている。ああ、何かよい手段はないものか。ホトトギスが鳴く夏が早くやってきてほしい。卯の花の咲く山を横目にみつつ近江路をたどっていき、奈良の我が家を目指すだろうに。悲しげに鳴くぬえ鳥のように人知れず泣き続け、胸の思いにうちひしがれて、門に立っては夕占いにすがったりして、私の帰りを待ちながら独り寝を重ねていただろう、その妻に一刻も早く逢いたい。

〈3979〉年が改まるまで妻に逢えないと思うと、心もしおれるように思えてならない。

〈3980〉夢では妻としきりに逢っているが、直接逢っているわけではないので、恋しくてならない。

〈3981〉連なる山々に隔てられ遠く離れてはいるが、心が通い合っているので、夢で出逢えたよ。

〈3982〉春の花が色褪せるまで私に逢えないので、月日を指折り数えながら、妻は待っていることだろう。

 

鑑賞 >>>

 大伴家持の歌。天平19年(747年)3月20日の夜中に、「たちまちに恋情を起こして作る」とある歌で、妻の大嬢への思いをうたっています。家持の病気は、このころまでには治っていたようです。前年に越中国守として赴任していた家持は、すでに結婚していたものの、この時には妻を同行しておらず、現代でいう「単身赴任」でした。

 3978の「比ふ」は添う。「なつかし」は慕わしい。「常初花」は、いつも今咲いたかのように美しい花。「心ぐし」は、心が晴れ晴れしない。「めぐし」は、見るのがつらい。「はしけやし」は、ああ愛しい。「奥妻」は、心の奥深く大切に思う妻。「あしひきの」は「山」の枕詞。「天離る」は「鄙」の枕詞。「鄙」は、都から遠い地方、田舎。「あらたまの」は「年」の枕詞。「うつろふ」は、色褪せる、衰える。「いたも」は、非常に。「すべなみ」は、どうしようもないので。「しきたへの」は「袖」の枕詞。「玉桙の」は「道」の枕詞。「よしゑやし」は、たとえどうなろうとも。「あをによし」は「奈良」の枕詞。「ぬえ鳥の」は「うら泣く」の枕詞。「うら泣く」は、心の中で泣く。「下恋」は、ひそかな恋心。「夕占」は、夕方、道を往来する人の言葉を聞いて吉凶を占う占い。「寝す」は「寝」の尊敬語。

 3979の「あらたまの」は「年」の枕詞。「年返る」は、年が改まる。「しのに」は、しおれて。3980の「ぬばたまの」は「夢」の枕詞。「もとな」は、わけもなく、むやみに。3981の「あしひきの」は「山」の枕詞。「き隔りて」は、隔てて。妻の大嬢が夢に見えたことを言っています。3982の「うつろふ」は、色が褪せる。