訓読 >>>
もののふの石瀬(いはせ)の社(もり)の霍公鳥(ほととぎす)今も鳴かぬか山の常蔭(とかげ)に
要旨 >>>
石瀬の社にいるホトトギスが、今の今鳴いた。この山の陰で。
鑑賞 >>>
刀理宣令(とりのせんりょう)の歌。刀理宣令は渡来系の人で、東宮(聖武天皇)に仕えた文学者とされます。官位は正六位上・伊予掾。『万葉集』には2首、『懐風藻』に2首の詩が載っています。「もののふの」は、八十氏と続くのと同じ意で、五十の「い」、すなわち「石瀬」に掛かる枕詞。「石瀬の社」は未詳ながら、奈良県斑鳩町または三郷町という説があります。「今も鳴かぬか」は「今しも鳴きぬ」と訓むものもあります。「常陰」は、いつも日が射さない所の意で、他には用例がない語です。
霍公鳥の故事
霍公鳥(ホトトギス)は、特徴的な鳴き声と、ウグイスなどに托卵する習性で知られる鳥で、『万葉集』には153首も詠まれています(うち大伴家持が65首)。霍公鳥には「杜宇」「蜀魂」「不如帰」などの異名がありますが、これらは中国の故事や伝説にもとづきます。
―― 長江流域に蜀(古蜀)という貧しい国があり、そこに杜宇(とう)という男が現れ、農耕を指導して蜀を再興、やがて帝王となり「望帝」と呼ばれた。後に、長江の治水に長けた男に帝位を譲り、自分は山中に隠棲した。杜宇が亡くなると、その霊魂はホトトギスに化身し、農耕を始める季節が来ると、鋭く鳴いて民に告げた。また後に蜀が秦によって滅ぼされてしまったことを知った杜宇の化身のホトトギスは、ひどく嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。= 帰りたい)と鳴きながら血を吐くまで鳴いた。ホトトギスの口の中が赤いのはそのためだ、と言われるようになった。――