訓読 >>>
4032
奈呉(なご)の海に舟しまし貸せ沖に出(い)でて波立ち来(く)やと見て帰り来(こ)む
4033
波立てば奈呉の浦廻(うらみ)に寄る貝の間(ま)なき恋にぞ年は経(へ)にける
4034
奈呉の海に潮(しほ)の早(はや)干(ひ)ばあさりしに出(い)でむと鶴(たづ)は今ぞ鳴くなる
4035
霍公鳥(ほととぎす)いとふ時なしあやめぐさかづらにせむ日こゆ鳴き渡れ
4036
如何(いか)にある布勢(ふせ)の浦(うら)そもここだくに君が見せむと我(わ)れを留(とど)むる
要旨 >>>
〈4032〉あの奈呉の海の沖に出て行くのに、ほんのしばし舟を貸してください。波が立ち寄せて来るかどうか見て来たいものです。
〈4033〉波が立つと、奈呉の浦辺に絶え間なく寄ってくる貝。そのように絶え間もない恋のせいで、いつのまにか年が過ぎてしいました。
〈4034〉奈呉の海で、潮が引いたらすぐに餌を取りに出ようと、鶴たちは今しきりに鳴き立てています。
〈4035〉ホトトギスの声はいつも聞いていたいが、菖蒲草で髪を飾る日には、必ずここを鳴き渡ってくれ。
〈4036〉どんなようすなのですか、布勢の浦とは。こんなにも強くあなたが見せようとして私をお引き留めになる。
鑑賞 >>>
詞書に「天平20年(748年)春の3月23日、左大臣橘の家(橘諸兄)の使者、造酒司令史(さけのつかさのさかん)の田辺福麻呂(たなべのさきまろ)が、国守の大伴宿祢家持(おおとものすくねやかもち)の館でもてなしを受けた。そこで新しく歌を作り、併せて古歌を歌うなどして互いに思いを述べた」とある歌です。「造酒司」は、宮内省に属し、酒の醸造を司る役所。「令史」はその三等官。何の用件でやって来た使者であるかは不明です。
「奈呉の海」は、国司の館から見える富山湾。4032の「しまし」は、しばらく、少しの間。4033の上3句は「間なき」を導く序詞。4035の「あやめぐさ」は、菖蒲(しょうぶ)。5月5日の節句にあやめぐさを縵にする習俗がありました。「こゆ」は、ここを通って、ここから。この歌は巻第10-1955にあり、詞書で言っている古歌にあたります。4036の「ここだくに」は、これほどに甚だしく。「君」は、家持のこと。