訓読 >>>
山の端(は)にいさよふ月の出(い)でむかと我(あ)が待つ君が夜(よ)は更けにつつ
要旨 >>>
山の端でためらっている月のように、私が待っているあなたが(見えずに)、夜は更けていく。
鑑賞 >>>
忌部首黒麻呂(いむべのおびとくろまろ)が、友人の来るのが遅いことを恨んだ歌。忌部首黒麻呂は、天平宝字2年(758年)に外従五位下。「山の端」は、山の稜線。「いさよふ」は、ためらう、ぐずぐずして進まない。この歌とよく似た歌が、巻第7-1071、1084にあります。
なおこの歌は、第4・5句の「我が待つ君が夜は更けにつつ」を一続きのものと見れば、まともに意味がとれないことから、「手腕が足らぬ」とか「表現が難渋して一貫していない」などの低い評価が与えられています。窪田空穂も「手腕がたらぬために第四句のごとき無理のあるものとなった」と評しています。そして、多くの注釈書では、「我が待つ君が」を受ける「来まさね」あるいは「来たらず」のような表現が省略されたものだと説明しています。一方、同じ歌の中に「不知」「将出」という二種の漢文式の表記が含まれていることから、「待君」の2字も漢文式に返読して「我が君待ちし」と訓じれば、「我が君待ちし夜は更けにつつ」となって意味の通ずる一連の表現になるとする見方があります。動詞の返読表記の例は『万葉集』に約50例あるといいます。