訓読 >>>
2947
思ふにし余りにしかば術(すべ)を無み我(われ)は言ひてき忌(い)むべきものを
2948
明日の日はその門(かど)行かむ出でて見よ恋ひたる姿あまた著(しる)けむ
2949
うたて異(け)に心いぶせし事計(ことはか)りよくせ我(わ)が背子(せこ)逢へる時だに
2950
我妹子(わぎもこ)が夜戸出(よとで)の姿見てしより心(こころ)空(そら)なり地(つち)は踏めども
要旨 >>>
〈2947〉思いに堪えかねて、どうしようもなくて私は言ってしまいました。口にしてはならない相手の名を。
〈2948〉明日はあなたの門の前を通りましょうから、出て見てください。恋いやつれている姿がはっきり分かるでしょう。
〈2949〉いつもと違ってますますうっとうしい気分です。あなた、何か心が晴れるように工夫してください。せめてこうして逢っているときくらい。
〈2950〉いとしいあの子が、夜、戸を開けて外に出てくる姿を見てからというもの、心は上の空だ、土は踏んでいるけれども。
鑑賞 >>>
「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。2947の「術を無み」は、どうしようもないので。「忌むべきもの」は、言ってはならないことで、ここでは相手の名を言うこと。上代の人々にとって、名前は実体そのものであり、軽々しく恋人の名を口にすればその恋人に災難が及ぶかもしれない、と恐れていたのだといいます。2948の「あまた」は、甚だ。「著けむ」は、著しかろう、はっきりしていよう。
2949の「うたて異に」は、妙なことにいつもと違って、「いぶせし」は、気分が晴れない、「事計り」は、ここでは配慮、はからい。2950の「夜戸出の姿」は、夜に戸を開けて外に出てくる女、つまり男を待っている女の姿のこと。思いをかけている女の、大変ショッキングな場面に出くわした時の男の歌でしょうか。頭が真っ白になって心が上の空になったと言っています。それとも、単に自分の恋人の夜目の美しさを言っているのでしょうか。
枕詞と序詞
枕詞は和歌で使われる修辞技法の一つで、『万葉集』に多く見られます。ふつうは5音からなり、それぞれが決まった語について、語調や意味を整えたりします。ただし、枕詞自体は、語源や意味がわからないものが殆どです。
序詞(じょことば)は和歌の修辞法の一つで、表現効果を高めるために譬喩・掛詞・同音の語などを用いて、音やイメージの連想からある語を導くものです。枕詞と同じ働きをしますが、枕詞が1句以内のおおむね定型化した句であるのに対し、序詞は一回的なものであり、音数に制限がなく、2句以上3、4句に及び、導く語への続き方も自由です。