訓読 >>>
3149
梓弓(あづさゆみ)末(すゑ)は知らねど愛(うるは)しみ君にたぐひて山道(やまぢ)越え来(き)ぬ
3150
霞(かすみ)立つ春の長日(ながひ)を奥処(おくか)なく知らぬ山道(やまぢ)を恋ひつつか来(こ)む
要旨 >>>
〈3149〉行く末がどうなるのか分かりませんが、いとしいあまり、あなたに寄り添って山道を越えてやって来ました。
〈3150〉霞が立つ春の長い一日を、あてどもなく勝手も分からない山道を、あの人を恋いつつ歩き続けるのでしょうか。
鑑賞 >>>
「羈旅発思(旅にあって思いを発した歌)」2首。いずれも女の歌です。3149の「梓弓」は「末」の枕詞。「末は知らねど」は、将来どうなるか分からないがの意。任地へ赴く夫に連れられて旅に出た、結婚後間もない女の歌とみられます。一抹の不安にかられながらも、一切を夫に任せている気持ちが窺えます。
3150の「霞立つ」は「春」の枕詞。「奥処なく」は、あてどもなく。遠い任地にいる夫のもとへ行こうとしている妻の歌でしょうか。窪田空穂は「純気分の歌であるが、それをとおして情景の浮かび出る歌である。『霞立つ』という枕詞が叙景となり、『奥処なく』の抒情と溶け合う趣が、一首全体にある。奈良朝の教養ある人の歌である」と評しています。
枕詞あれこれ
あかねさす
「日」「昼」に掛かる枕詞。「赤く輝く」もの、」すなわち太陽を意味する。また、茜(あかね)色に近い「紫」の枕詞にも転用されている。
秋津島/蜻蛉島(あきづしま)
「大和」にかかる枕詞。「秋津島」は、日本の本州の古代の呼称で、『古事記』には「大倭豊秋津島」(おおやまととよあきつしま)、『日本書紀』には「大日本豊秋津洲」(おおやまととよあきつしま)と、表記している。また「蜻蛉島」は、神武天皇が国土を一望してトンボのようだと言ったことが由来とされている。
朝露の
「消」に掛かる枕詞。朝露は消えやすいところから。
あしひきの
「山」に掛かる枕詞。語義未詳ながら、足を引きずってあえぎながら登る意、山すそを稜線が長く引く意など諸説がある。
あぢむらの
「あぢむら」は、アジガモ(味鴨)。アジガモが群がって騒ぐことから、「騒く」にかかる枕詞。
梓弓(あづさゆみ)
梓弓は、梓の丸木で作られた弓。弓を射る動作から「はる」「ひく」「いる」などに掛かる。また弓に付いている弦(つる)から同音の地名「敦賀」に、弓の部分の名から「末」などにも掛かる。
天伝ふ
「日」に掛かる枕詞。「天(大空)を伝い渡っていく」もの、すなわち太陽を意味し、「日」の修飾ではなく、同格の関係にある。「天知るや」「高照らす」「高光る」なども同様。
天飛ぶや
「鳥」「鴨」に掛かる枕詞。空高く飛ぶことから。また、「雁」を転用して「軽(かる」にも掛かる。
荒妙(あらたへ)の
「藤」に掛かる枕詞。荒妙は、木の皮の繊維で作った粗い布で、おもに藤をその材料としていたことから。
あらたまの
「年」に掛かる枕詞。語義未詳で、一説に年月が改まる意からとも。ほかに「月」「春」「枕」などに掛かる。
あをによし
「奈良」に掛かる枕詞。奈良坂の付近で青丹(あおに)を産したところから。青は寺院や講堂などの、窓のようになっている部分の青い色、丹は建物の柱などの、朱色のこと。
鯨(いさな)取り
「海」に掛かる枕詞。鯨(いさな=クジラ)のような巨大な獲物がとれる所として海を賛美する語。ほかに「浜」にも掛かる。
石上(いそのかみ)
「石上」は、今の奈良県天理市石上付近で、ここに布留(ふる)の地が属して「石の上布留」と並べて呼ばれたことから、布留と同音の「古(ふ)る」「降る」などに掛かる枕詞。
うちなびく
「春」に掛かる枕詞。春は草木が打ち靡く季節であるから。
打ち日さす
「宮」「都」に掛かる枕詞。日の光が輝く意から。
うつそみの
「人」「世」に掛かる枕詞。語源は「現(うつ)し臣(おみ)」で、この世の人、現世の人の意。「臣」は「君」に対する語で、神に従う存在をいう。ウツシオミがウツソミと縮まり、さらにウツセミに転じた。
鶉(うづら)鳴く
「古る」に掛かる枕詞。ウズラは、草深い古びた所で鳴くことから。
味酒(うまさけ)
「三輪」に掛かる枕詞。「うまさけ」の「ウマ」は、現代語に「うまい」と残っているが、恋人との充実した共寝を「うま寝」というように、甘美な素晴らしさをいう語。「サケ」は栄える、境のサカ、花が咲くのサクなど、境界や先端部の異境の霊威を強く感じている語なので、「うまさけ 三輪」は、三輪が神々の霊威の溢れている場所であることを表現している。また、三輪山のある地名「三室(みむろ)」「三諸(みもろ)」などにも掛かる。
押し照る
地名の「難波」にかかる枕詞。上町台地からながめた大阪湾が夕陽で一面に光り輝く様をあらわす。かつては上町台地が大阪湾に面する海岸だった。
沖つ藻(も)の
「靡く」に掛かる枕詞。海藻は波に靡くところから。