大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

巌なす常盤にいませ・・・巻第6-988

訓読 >>>

春草(はるくさ)は後(のち)はうつろふ巌(いはほ)なす常盤(ときは)にいませ貴(たふと)き我(あ)が君

 

要旨 >>>

春草は、どんなに生い茂ってものちには枯れてしまいます。どうか巌のようにいつまでも末永く元気でいて下さい、貴い我が父君よ。

 

鑑賞 >>>

 市原王(いちはらのおおきみ:生没年未詳)の「宴に父安貴王(あきのおほきみ)を祷(ほ)く」歌。市原王は天智天皇5世の孫で、志貴皇子または川島皇子の孫、安貴王の子。天平宝字7年(763年)に、造東大寺長官。『万葉集』には8首。

 「うつろふ」は、ここでは衰え枯れる意。「巌なす」は、そびえ立つ大岩のように。「常磐」は、ここでは永久不変の意。「いませ」は「いる」の敬語で、命令形。「貴き我が君」は、父を尊み親しんでの呼びかけ。移りやすい春草と不滅の巌とを対比させ、父親の健勝を賀しており、市原王の深い愛情と優しさが感じられる歌です。折口信夫はこの歌を「思想に曲折がある。佳作」と評しています。

 なお、市原王は一人っ子だったらしく、兄弟姉妹のいない寂しさをうたった歌が巻第6-1007にあります。