大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

楽浪の比良山風の・・・巻第9-1715

訓読 >>>

楽浪(ささなみ)の比良山風(ひらやまかぜ)の海吹けば釣りする海人(あま)の袖(そで)返る見ゆ

 

要旨 >>>

比良山から湖上に吹き下ろす風に、釣り人の着物の袖がひらひらと翻っている。

 

鑑賞 >>>

 『柿本人麻呂歌集』から。題詞に「槐本(えにすのもと)の歌一首」とあるものの、「槐本」は「柿本」の誤写だとして、人麻呂の作とみる説があります。「楽浪」は、琵琶湖の西南沿岸。「比良山風」は、比良山から吹き降ろす風。「比良山」は、京都府滋賀県との境に立つ山で、伊吹山と相対しています。「海」は琵琶湖。「返る」は、ひるがえる。斎藤茂吉はこの歌を、「張りのある清潔音の連続で、ゆらぎの大きい点も人麻呂調を連想せしめる、まず人麻呂作といっていいものだろう」と言っています。

 

柿本人麻呂歌集』について

 『万葉集』には題詞に人麻呂作とある歌が80余首あり、それ以外に『人麻呂歌集』から採ったという歌が375首あります。『人麻呂歌集』は『万葉集』成立以前の和歌集で、人麻呂が2巻に編集したものとみられています。

 この歌集から『万葉集』に収録された歌は、全部で9つの巻にわたっています(巻第2に1首、巻第3に1首、巻第3に1首、巻第7に56首、巻第9に49首、巻第10に68首、巻第11に163首、巻第12に29首、巻第13に3首、巻第14に5首。中には重複歌あり)。

 ただし、それらの中には女性の歌や明らかに別人の作、伝承歌もあり、すべてが人麻呂の作というわけではないようです。題詞もなく作者名も記されていない歌がほとんどなので、それらのどれが人麻呂自身の歌でどれが違うかのかの区別ができず、おそらく永久に解決できないだろうとされています。

 文学者の中西進氏は、人麻呂はその存命中に歌のノートを持っており、行幸に従った折の自作や他作をメモしたり、土地土地の庶民の歌、また個人的な生活や旅行のなかで詠じたり聞いたりした歌を記録したのだろうと述べています。