大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

為むすべのたづきを知らに・・・巻第13-3274~3275

訓読 >>>

3274
為(せ)むすべの たづきを知らに 岩が根の こごしき道を 岩床(いはとこ)の 根延(ねば)へる門(かど)を 朝(あした)には 出(い)で居(ゐ)て嘆き 夕(ゆふへ)には 入り居て偲(しの)ひ 白たへの 我(わ)が衣手(ころもで)を 折り返し ひとりし寝(ぬ)れば ぬばたまの 黒髪(くろかみ)敷きて 人の寝(ぬ)る 味寐(うまい)は寝(ね)ずて 大船(おほぶね)の ゆくらゆくらに 思ひつつ 我(わ)が寝(ぬ)る夜(よ)らを 数(よ)みもあへむかも

3275
ひとり寝(ぬ)る夜(よ)を数へむと思へども恋の繁(しげ)きに心どもなし

 

要旨 >>>

〈3274〉どうしてよいのか、取っ掛かりも分からず、岩のごつごつした道なのに、どっしりした岩床のような門口なのに、朝にはその道に佇んで嘆き、夕方には門の中に籠って偲び、着物の袖を折り返してひとり寝るばかりで、折り返した袖に黒髪を敷いて人様のように楽しく共寝をすることもなく、ゆらゆら揺れる大船のように、あれやこれやと思いつつ独り寝る夜は、とても数え切れるものでない。

〈3275〉独り寝の夜を数えようと思うけれど、恋の苦しさに、とてもそんな気になれない。

 

鑑賞 >>>

 長く続く独り寝を嘆く女の歌。3274の「すべのたづき」は、頼るべき手段。「岩が根」は、大きな岩。「こごしき」は、ごつごつして険しい。「岩床」は、岩の平らな面。「白たへの」「ぬばたまの」「大船の」は、それぞれ「衣」「黒髪」「ゆくらゆくら」の枕詞。「味寐」は、共寝をし心が満たされて寝ること。「数みもあへむかも」は、数えあげることができるだろうか、できない。「かも」は、反語。

 反歌の3275は、長歌の結句「数みもあへむかも」を受けて、さらに強めて繰り返しています。「心ど」は、気力、心の張り。

 

枕詞あれこれ

神風(かむかぜ)の
 「伊勢」に掛かる枕詞。日本神話においては、伊勢は古来暴風が多く、天照大神の鎮座する地であるところからその風を神風と称して神風の吹く地の意からとする説や、「神風の息吹」のイと同音であるからとする説などがある。

草枕
 「旅」に掛かる枕詞。旅にあっては、草を結んで枕とし、夜露にぬれて仮寝をしたことから。

韓衣(からごろも)
 「着る」「袖」「裾」など、衣服に関する語に掛かる枕詞。「韓衣」は、中国風の衣服で、広袖で裾が長く、上前と下前を深く合わせて着る。「唐衣」とも書く。

高麗錦(こまにしき)
 「紐」に掛かる枕詞。「高麗錦」は、高麗から伝わった錦または高麗風の錦で、高麗錦で紐や袋を作ったところから。

隠(こも)りくの
 大和国の地名「泊瀬(初瀬)」に掛かる枕詞。泊瀬の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから。

さねかづら
 「後も逢ふ」に掛かる枕詞。「さねかづら」は、つる性の植物で、つるが分かれてはい回り、末にはまた会うということから。

敷島の/磯城島の
 「大和」に掛かる枕詞。「敷島」は、崇神天皇欽明天皇が都を置いた、大和国磯城 (しき) 郡の地名で、磯城島の宮のある大和の意から。

敷妙(しきたへ)の
 「枕」に掛かる枕詞。「敷妙」は、寝床に敷く布団の一種。寝具であるところから、他に「床」「衣」「袖」「袂」「黒髪」などにも掛かる。

白妙(しろたへ)の
 白妙で衣服を作るところから、「衣」「袖」「紐」など衣服に関する語に掛かる枕詞。また、白妙は白いことから「月」「雲」「雪」「波」など、白いものを表す語にも掛かる。

高砂
 「松」「尾上(をのへ)」に掛かる枕詞。高砂兵庫県)の地が尾上神社の松で有名なところから。同音の「待つ」にも掛かる。

玉櫛笥(たまくしげ)
 玉櫛笥の「玉」は接頭語で、「櫛笥」は櫛などの化粧道具を入れる箱。櫛笥を開けるところから「あく」に、櫛笥には蓋があるところから「二(ふた)」「二上山」に、身があるところから「三諸(みもろ)」などに掛かる枕詞。

玉梓(たまづさ)の
 「使ひ」に掛かる枕詞。古く便りを伝える使者は、梓(あずさ)の枝を持ち、これに手紙を結びつけて運んでいたことから。また、妹のもとへやる意味から「妹」にも掛かる。

玉鉾(たまほこ)の
 「道」「里」に掛かる枕詞。「玉桙」は立派な桙の意ながら、掛かる理由は未詳。

たらちねの
 「母」に掛かる枕詞。語義、掛かる理由未詳。

ちはやぶる
 「ちはやぶる」は荒々しい、たけだけしい意。荒々しい「氏」ということから、地名の「宇治」に、また荒々しい神ということから「神」および「神」を含む語や神の名に掛かる枕詞。

夏麻(なつそ)引く
 「夏麻」は、夏に畑から引き抜く麻で、夏麻は「績(う)む」ものであるところから、同音で「海上(うなかみ)」「宇奈比(うなひ)」などの「う」に掛かる枕詞。また、夏麻から糸をつむぐので、同音の「命(いのち)」の「い」に掛かる。

久方(ひさかた)の
 天空に関係のある「天(あま・あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などにかかる枕詞。語義、掛かる理由は未詳。

もののふ
 もののふ(文武の官)の氏(うぢ)の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。

百敷(ももしき)の
 「大宮」に掛かる枕詞。「ももしき」は「ももいしき(百石木」が変化した語で、多くの石や木で造ってあるの意から。

八雲(やくも)立つ
 地名の「出雲」にかかる枕詞。多くの雲が立ちのぼる意。

若草の
 若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などに掛かる枕詞。