大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

百足らず山田の道を・・・巻第13-3276~3277

訓読 >>>

3276
百(もも)足らず 山田(やまだ)の道を 波雲(なみくも)の 愛(うつく)し妻(づま)と 語らはず 別れし来れば 早川の 行きも知らず 衣手(ころもで)の 帰りも知らず 馬(うま)じもの 立ちてつまづき 為(せ)むすべの たづきを知らに もののふの 八十(やそ)の心を 天地(あめつち)に 思ひ足(た)らはし 魂(たま)合はば 君来ますやと 我(わ)が嘆く 八尺(やさか)の嘆き 玉桙(たまほこ)の 道来る人の 立ち留(と)まり 何かと問はば 答へやる たづきを知らに さ丹(に)つらふ 君が名言はば 色に出でて 人知りぬべみ あしひきの 山より出づる 月待つと 人には言ひて 君待つ我(わ)れを

3277
寐(い)も寝ずに我(あ)が思(おも)ふ君はいづく辺(へ)に今夜(こよひ)誰(たれ)とか待てど来(き)まさぬ

 

要旨 >>>

〈3276〉山田の道を、いとしい妻とろくに睦み合いもせず、別れてはるばるやってきたので、早瀬のようにさっさと行く手も分からず、といって翻る袖のように帰るわけにもいかず、馬の躓くように立ちすくんだまま、どうしてよいか分からない。千々に乱れる思いが天地を漂うばかりに広がって・・・。(ここまで男性の心情)
 そのようにして二人の魂が通じ合えば、あの人はやって来るかと深い溜息をつき、道をやって来る人が立ち止まって、どうしたのかと問われたら、どう答えていいか分からず、さりとてあの人の名を口にしたら、思いが顔に出て人に知れてしまう。山から出る月を待ってるとその人には答えて、あなたをお待ちしている私です。(後半は女性の心情)。

〈3277〉寝るに寝られずに私が思い続けているあの人は、いったいどのあたりで、今夜は誰かと逢っているだろう。いくら待ってもいらっしゃらない。

 

鑑賞 >>>

 3276の前半は旅立つ男の心情が歌われ、後半は男を待つ女の心情が歌われています。しかし、夫が旅に出て、妻は夫の妻問いを待つというのはやや整合性に欠けるため、別々の歌をつなぎ合せたものであるとか、酒席で演ぜられた歌劇の歌詞だったのではないかともいわれています。「百足らず」「波雲の」「早川の」「衣手の」「もののふの」「玉鉾の」「さ丹つらふ」「あしひきの」はいずれも枕詞。「山田の道」は、奈良県明日香村飛鳥から桜井市山田を経て桜井市阿部へ行く道。「八尺の嘆き」は、長い溜息。「色に出でて」は、思いがそぶりに表れて。3277は女性の歌です。

 

 

枕詞あれこれ

神風(かむかぜ)の
 「伊勢」に掛かる枕詞。日本神話においては、伊勢は古来暴風が多く、天照大神の鎮座する地であるところからその風を神風と称して神風の吹く地の意からとする説や、「神風の息吹」のイと同音であるからとする説などがある。

草枕
 「旅」に掛かる枕詞。旅にあっては、草を結んで枕とし、夜露にぬれて仮寝をしたことから。

韓衣(からごろも)
 「着る」「袖」「裾」など、衣服に関する語に掛かる枕詞。「韓衣」は、中国風の衣服で、広袖で裾が長く、上前と下前を深く合わせて着る。「唐衣」とも書く。

高麗錦(こまにしき)
 「紐」に掛かる枕詞。「高麗錦」は、高麗から伝わった錦または高麗風の錦で、高麗錦で紐や袋を作ったところから。

隠(こも)りくの
 大和国の地名「泊瀬(初瀬)」に掛かる枕詞。泊瀬の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから。

さねかづら
 「後も逢ふ」に掛かる枕詞。「さねかづら」は、つる性の植物で、つるが分かれてはい回り、末にはまた会うということから。

敷島の/磯城島の
 「大和」に掛かる枕詞。「敷島」は、崇神天皇欽明天皇が都を置いた、大和国磯城 (しき) 郡の地名で、磯城島の宮のある大和の意から。

敷妙(しきたへ)の
 「枕」に掛かる枕詞。「敷妙」は、寝床に敷く布団の一種。寝具であるところから、他に「床」「衣」「袖」「袂」「黒髪」などにも掛かる。

白妙(しろたへ)の
 白妙で衣服を作るところから、「衣」「袖」「紐」など衣服に関する語に掛かる枕詞。また、白妙は白いことから「月」「雲」「雪」「波」など、白いものを表す語にも掛かる。

高砂
 「松」「尾上(をのへ)」に掛かる枕詞。高砂兵庫県)の地が尾上神社の松で有名なところから。同音の「待つ」にも掛かる。

玉櫛笥(たまくしげ)
 玉櫛笥の「玉」は接頭語で、「櫛笥」は櫛などの化粧道具を入れる箱。櫛笥を開けるところから「あく」に、櫛笥には蓋があるところから「二(ふた)」「二上山」に、身があるところから「三諸(みもろ)」などに掛かる枕詞。

玉梓(たまづさ)の
 「使ひ」に掛かる枕詞。古く便りを伝える使者は、梓(あずさ)の枝を持ち、これに手紙を結びつけて運んでいたことから。また、妹のもとへやる意味から「妹」にも掛かる。

玉鉾(たまほこ)の
 「道」「里」に掛かる枕詞。「玉桙」は立派な桙の意ながら、掛かる理由は未詳。

たらちねの
 「母」に掛かる枕詞。語義、掛かる理由未詳。

ちはやぶる
 「ちはやぶる」は荒々しい、たけだけしい意。荒々しい「氏」ということから、地名の「宇治」に、また荒々しい神ということから「神」および「神」を含む語や神の名に掛かる枕詞。

夏麻(なつそ)引く
 「夏麻」は、夏に畑から引き抜く麻で、夏麻は「績(う)む」ものであるところから、同音で「海上(うなかみ)」「宇奈比(うなひ)」などの「う」に掛かる枕詞。また、夏麻から糸をつむぐので、同音の「命(いのち)」の「い」に掛かる。

久方(ひさかた)の
 天空に関係のある「天(あま・あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などにかかる枕詞。語義、掛かる理由は未詳。

もののふ
 もののふ(文武の官)の氏(うぢ)の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。

百敷(ももしき)の
 「大宮」に掛かる枕詞。「ももしき」は「ももいしき(百石木」が変化した語で、多くの石や木で造ってあるの意から。

八雲(やくも)立つ
 地名の「出雲」にかかる枕詞。多くの雲が立ちのぼる意。

若草の
 若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などに掛かる枕詞。