大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

我が背子は待てど来まさず・・・巻第13-3280~3283

訓読 >>>

3280
我(わ)が背子(せこ)は 待てど来まさず 天(あま)の原 振り放(さ)け見れば ぬばたまの 夜(よ)も更(ふ)けにけり さ夜(よ)ふけて あらしの吹けば 立ち待てる 我(わ)が衣手(ころもで)に 降る雪は 凍(こほ)りわたりぬ 今さらに 君(きみ)来(き)まさめや さな葛(かづら) 後(のち)も逢はむと 慰(なぐさ)むる 心を持ちて ま袖(そで)もち 床(とこ)うち掃(はら)ひ 現(うつつ)には 君には逢はず 夢(いめ)にだに 逢ふと見えこそ 天(あめ)の足(た)り夜(よ)を

3281
我(わ)が背子(せこ)は 待てど来まさず 雁(かり)が音(ね)も 響(とよ)みて寒し ぬばたまの 夜(よ)も更(ふ)けにけり さ夜(よ)更(ふ)くと あらしの吹けば 立ち待つに 我(わ)が衣手(ころもで)に 置く霜(しも)も 氷(ひ)にさえ渡り 降る雪も 凍(こほ)り渡りぬ 今さらに 君(きみ)来(き)まさめや さな葛(かづら) 後(のち)も逢はむと 大船(おほふね)の 思ひ頼めど 現(うつつ)には 君には逢はず 夢(いめ)にだに 逢ふと見えこそ 天(あめ)の足(た)り夜(よ)に

3282
衣手(ころもで)にあらしの吹きて寒き夜(よ)を君来まさずはひとりかも寝む

3283
今さらに恋ふとも君に逢はめやも寝(ぬ)る夜(よ)をおちず夢(いめ)に見えこそ

 

要旨 >>>

〈3280〉あの方は待っていても来て下さらない。空を振り仰ぐと夜も更けてしまった。こうして一夜が更けて嵐が吹くので、外で立って待っている私の着物の袖に、降る雪も凍てついてきた。今となってはもうあの人は来て下さるはずはあるまい。またいつか後には逢えるだろうと自分の心を慰めて、両袖で床の塵を掃っては、現実にはあの方には逢えないものの、せめて今夜の夢の中に出てきてほしいと願う。こんなによい夜なのだから。

〈3281〉あの方は待っていても来てくださらない。雁の鳴き声が響いてきて寒い。夜も更けてきた。こうして一夜が更けて嵐が吹くので、外でて立って待っている私の着物の袖に、置く霜も氷のように冷えきり、降る雪も凍てついてきた。今となってはもうあの人は来て下さるはずはあるまい。またいつか後には逢えるだろうと大船に乗った気持で自分の心を落ち着かせたけれど、現実にはあの方には逢えないでしょう。せめて今夜の夢の中に出てきてほしいと願う。こんなによい夜なのだから。

〈3282〉着物の袖に嵐が吹きこんで寒い夜なのに、あの方が来て下さらないのなら、独りっきりで寝ようか。

〈3283〉今さら恋い焦がれたところで、あの方に逢えるはずがない。せめて毎夜欠かさず夢に見えてほしい。

 

鑑賞 >>>

 夫との関係が絶えてしまった女が、その夫を恋うている歌。現実には逢えなくても、せめて夢にだけでも逢いに来てほしいと訴えています。3281は、3280の「或る本の歌に曰く」とある歌。3280の「ぬばたまの」は「夜」の枕詞。「さな葛」は、サネカズラで、別名ビナンカズラ。ビナンは「美男」のことで、昔はこの植物から採れる粘液を男性の整髪料として利用していました。蔓が別れてもまた逢う意で「逢ふ」にかかる枕詞となっています。「ま袖」は両袖。「見えこそ」の「こそ」は、願望。「天の足り夜」は、充実した夜。3282の「かも」は、疑問。3283の「逢はめやも」の「や」は反語で、逢えない意。「おちず」は、もらさず、残らず。