訓読 >>>
何(なに)すとか使(つか)ひの来(き)つる君をこそかにもかくにも待ちかてにすれ
要旨 >>>
どうして使いなどが来たのか。あなたのほうこそ、とにもかくにも待ちかねていたのに。
鑑賞 >>>
大伴四綱(おおとものよつな)の宴席の歌。四綱は、天平初年頃、防人司佑として大宰府に仕えていた人で、巻第3に2首、巻第4に2首、巻第8に1首入集しています。
「何すとか」は、どうして。「使ひ」は、伝言を伝える使者。「かにもかくにも」は、とにもかくにも。「待ちかてに」は、待ちきれずに。この歌は、女性の立場で宴会の座興に歌ったものとされますが、国文学者の窪田空穂は次のように言っています。
「宴席に来るはずの人で、その遅いのを待ちかねていた時、その人よりの使の来たのを見た瞬間の心持である。使は、都合で来られない断わりをいいに来たとみえ、四綱はむろんそれを聞いたのであるが、わざとそれには触れず、使を見た瞬間の心持だけをいい、強いても来よと促したもので、その使に持ち帰らせた形の歌である。その場合柄として、要を得た、また機知の働いた歌である。この風は、歌垣の場合にも、また平時でも、歌をもって問答する場合には行なわれてきたもので、歌のもつ一面として重んじられ喜ばれていたものである。実際に即して、複雑した、微細な気分を、安らかにあらわし得ている歌である」