大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

宴席の歌(4)・・・巻第4-629

訓読 >>>

何(なに)すとか使(つか)ひの来(き)つる君をこそかにもかくにも待ちかてにすれ

 

要旨 >>>

どうして使いなどが来たのか。あなたのほうこそ、とにもかくにも待ちかねていたのに。

 

鑑賞 >>>

 大伴四綱(おおとものよつな)の宴席の歌。四綱は、天平初年頃、防人司佑として大宰府に仕えていた人で、巻第3に2首、巻第4に2首、巻第8に1首入集しています。

 「何すとか」は、どうして。「使ひ」は、伝言を伝える使者。「かにもかくにも」は、とにもかくにも。「待ちかてに」は、待ちきれずに。この歌は、女性の立場で宴会の座興に歌ったものとされますが、国文学者の窪田空穂は次のように言っています。

「宴席に来るはずの人で、その遅いのを待ちかねていた時、その人よりの使の来たのを見た瞬間の心持である。使は、都合で来られない断わりをいいに来たとみえ、四綱はむろんそれを聞いたのであるが、わざとそれには触れず、使を見た瞬間の心持だけをいい、強いても来よと促したもので、その使に持ち帰らせた形の歌である。その場合柄として、要を得た、また機知の働いた歌である。この風は、歌垣の場合にも、また平時でも、歌をもって問答する場合には行なわれてきたもので、歌のもつ一面として重んじられ喜ばれていたものである。実際に即して、複雑した、微細な気分を、安らかにあらわし得ている歌である」

 

 

窪田空穂

 窪田空穂(くぼたうつぼ:本名は窪田通治)は、明治10年6月生まれ、長野県出身の歌人、国文学者。東京専門学校(現早稲田大学)文学科卒業後、新聞・雑誌記者などを経て、早大文学部教授。

 雑誌『文庫』に投稿した短歌によって与謝野鉄幹に認められ、草創期の『明星』に参加。浪漫傾向から自然主義文学に影響を受け、内省的な心情の機微を詠んだ。また近代歌人としては珍しく、多くの長歌をつくり、長歌を現代的に再生させた。

 『万葉集』『古今集』『新古今集』など古典の評釈でも功績が大きく、数多くの国文学研究書がある。詩歌集に『まひる野』、歌集に『濁れる川』『土を眺めて』など。昭和42年4月没。