訓読 >>>
岡に寄せ我(わ)が刈る萱(かや)のさね萱(かや)のまことなごやは寝(ね)ろとへなかも
要旨 >>>
陸の方に引き寄せながら刈っている萱ではないが、ほんに柔らかい肌のあの娘は、一緒に寝ようとは言ってくれないことだ。
鑑賞 >>>
「岡に寄せ」は、岡(陸地)の方に寄せて。上3句は、「ね萱」と類音の「なごや」を導く序詞。「なごや」は、柔らかいもの。ここでは柔肌の女性の比喩。「寝ろとへなかも」は、一緒に寝ようとは言ってくれないことだ。「へな」は「言はぬ」の訛り。いくら口説いても応じようとしない女のことを思い、嘆息している歌とされますが、「へなかも」は、「言へるかも」「言ふにかもあらむ」として、寝ようと言うのかな、と解するものもあります。
窪田空穂はこの歌について、「この種の歌としては、心細かい、語のこなれた、すぐれたものである」と述べています。
巻第14と東歌について
巻第14は「東国(あづまのくに)」で詠まれた作者名不詳の歌が収められており、巻第13の長歌集と対をなしています。国名のわかる歌とわからない歌に大別し、それぞれを部立ごとに分類しています。当時の都びとが考えていた東国とは、おおよそ富士川と信濃川を結んだ以東、すなわち、遠江・駿河・伊豆・相模・武蔵・上総・下総・常陸・信濃・上野・下野・陸奥の国々をさしています。『万葉集』に収録された東歌には作者名のある歌は一つもなく、また多くの東国の方言や訛りが含まれています。
もっともこれらの歌は東国の民衆の生の声と見ることには疑問が持たれており、すべての歌が完全な短歌形式(5・7・5・7・7)であり、音仮名表記で整理されたあとが窺えることや、方言が実態を直接に反映していないとみられることなどから、中央側が何らかの手を加えて収録したものと見られています。また、東歌を集めた巻第14があえて独立しているのも、朝廷の威力が東国にまで及んでいることを示すためだったとされます。
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について