大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

奥山の岩本菅を・・・巻第3-397

訓読 >>>

奥山(おくやま)の岩本菅(いはもとすげ)を根(ね)深めて結びし心忘れかねつも

 

要旨 >>>

山奥の岩かげに生えている菅草の根のように、ねんごろに契り合ったあの時の気持ちは、忘れようにも忘れられません。

 

鑑賞 >>>

 笠郎女大伴家持に贈った歌。「岩本菅」は岩の本に生えている菅。笠などにする湿地の菅とは異なり、山地に生える山菅(ヤブランともいう)のこと。「奥山の岩本菅を根深めて」は、家持に対する深い恋情を具象的に言ったもので、比喩に近い序詞。窪田空穂は、「気分だけをいったものであるが、技巧の力によって、軽くなりやすいものを重からしめているもので、才情を思わしめる歌である」と述べています。

 笠郎女は、大伴家持が若かったころの愛人の一人で、宮廷歌人笠金村の縁者かともいわれますが、生没年も未詳です。金村はそれほど地位の高い官人ではなかったため、郎女も低い身分で宮廷に仕えていたのでしょう。二人が関係に至った経緯は不明ですが、名門のエリートだった家持とは身分の隔たりがありました。郎女の歌は『万葉集』には29首が収められており、女性の歌では大伴坂上郎女に次ぐ2番目の多さです。そのすべてが家持に贈った歌ですが、時間的推移がみられ、一どきにではなく、ある程度の期間にわたって贈ったもののようです。いずれの歌も、片思いに苦しみ、思いあまった恋情が率直に歌われています。

 

家持の恋人たち

 青春期の家持に相聞歌を贈った、または贈られた女性は次のようになります。

大伴坂上大嬢 ・・・巻第4-581~584、727~755、765~768ほか
笠郎女(笠女郎とも) ・・・巻第3-395~397、巻第4-587~610ほか
山口女王 ・・・巻第4-613~617、巻第8-1617
大神女郎 ・・・巻第4-618、巻第8-1505
中臣女郎 ・・・巻第4-675~679
娘子 ・・・巻第4-691~692
河内百枝娘子 ・・・巻第4-701~702
巫部麻蘇娘子 ・・・巻第4-703~704
日置長枝娘子 ・・・巻第8-1564
妾 ・・・巻第4-462、464~474
娘子 ・・・巻第4-700
童女 ・・・巻第4-705~706
粟田女娘子 ・・・巻第4-707~708
娘子 ・・・巻第4-714~720
紀女郎 ・・・巻第4-762~764、769、775~781ほか
娘子 ・・・巻第4-783
安倍女郎 ・・・巻第8-1631
平群女郎 ・・・巻第17-3931~3942