訓読 >>>
2096
真葛原(まくずはら)なびく秋風吹くごとに阿太(あた)の大野の萩(はぎ)の 花散る
2097
雁(かり)がねの来鳴(きな)かむ日まで見つつあらむこの萩原(はぎはら)に雨な降りそね
2098
奥山に棲(す)むといふ鹿(しか)の宵(よひ)さらず妻(つま)どふ萩(はぎ)の散らまく惜(を)しも
要旨 >>>
〈2096〉葛が生い茂る原をなびかせて秋風が吹く度に、阿太の野の萩の花が散っていく。
〈2097〉雁が来て鳴く日の来るまで咲いている萩の花を見続けていたいから、雨よ、この萩原に降らないでおくれ。
〈2098〉奥山に棲むという牡鹿が、宵になるといつも妻問いにやって来る萩の花、その花の散っていくのが惜しまれる。
鑑賞 >>>
「花を詠む」歌。2096の「真葛原」の「真」は接頭語、「葛原」は葛の生えている原。山野に生い茂る「葛」の花は、萩と同じくらいにほのかに甘い香りがします。その名は、奈良県の国栖(くず)が葛粉の産地だったことに由来します。根は干して生薬や食品に、蔓は農作業に用いたり、編んで籠などの生活用品の材料になるほか、発酵させた後の繊維で葛布(くずふ)を織るなど、さまざまな用途のある植物でした。「阿太」は、奈良県五條市の東部、吉野川沿いの一帯。大台ケ原から流れ出した吉野川は、蛇行しながら北西に流れ、五條市を抜けて和歌山に入り、そこから紀の川と名前を変えます。「大野」は、人がいない荒れ野。真葛原と阿太の大野とは同じ野で、葛と萩の 花との印象から、語を変えて繰り返しています。
2097の「雁がね」は、雁の意。「な~そね」は、禁止を表現する語。雨が萩を散らすとして、降らないでくれと願望しています。2098の「宵さらず」は、宵になるといつも。「散らまく」は「散らむ」のク語法で名詞形。散るであろうこと。
『万葉集』に詠まれた植物
1位 萩 142首
2位 こうぞ・麻 138首
3位 梅 119首
4位 ひおうぎ 79首
5位 松 77首
6位 藻 74首
7位 橘 69首
8位 稲 57首
9位 すげ・すが 49首
9位 あし 49首